ルール上は「終わり」でも、自分が終わらせなければ「終わり」ではない。

ななみえるの日常

みなさんこんにちは!夢見るスマイルななみえるです!

今日は自分だけのために、この記事を書こうと思います。

自分、お疲れ様。

今年度一生懸命やってきたことが、昨日ひとまず区切りとなりました。

自分、お疲れ様。我ながらよく頑張りました。

時間もエネルギーもたくさん使ったので、その分できなかったことや失ったものももちろんあったけど、それ以上に得られたものは大きかったと思います。今では、そう思えます。

やっぱり自分を鍛えるには、自分を成長させるには、生易しいものではなくchallengingなものに取り組む必要がある、とも思いました。

苦労の甲斐あり、ですね。

「伝説を残す」まではいかなかったにせよ、まぁうまくいった方なのではないかなと思っています。

本当に自分に合う環境

もしかしたら、「あなたはどこに行っても活躍できるよ」と言ってもらえるかもしれませんが、実は私は環境・組織によって活躍できるできないが左右されやすい人です。

合うところではそれなりに活躍できますが、合わないところではとことんポンコツです(何度も経験済み)。

だからこそ、「また来てください」と送り出してもらえるほどの働きができたのは組織のおかげ、メンバーのおかげであるということを、全力で主張したいです。

真面目で、当事者意識が高すぎて、全力すぎで、向上心のままに突き進んでしまう私を歓迎してくれる組織。

本当に「有難い」です。

しんどくても乗り越えられる

たぶん大事なのは、できたこと・学んだこと・やってよかったことと同じくらい、犠牲にしたもの・辛かったこと・苦労したという事実を忘れないことだと思います。

記憶というのは達成感とともに美化されがちで、ついつい肯定的な出来事や感情だけが思い出として残ってしまうものです。

だから忘れないうちに明記しておきます。

体力的にも精神的にも、本当に苦しみました。

でもここにこんな風に書き留めておくのは、理由がちゃんとあります。

それは、苦しんだのは本気だったからこそであるということを忘れないため、そして、今後苦しくなった時でも「あの時苦しみを乗り越えられたから今回もできる」と思えるようにするためです。

スポーツで言うなら、本気になればなるほど練習はキツい、でもその分勝った時の喜びは大きい。

受験で言うなら、志望校のレベルを上げるほど勉強は大変になるけど、その分合格の喜びも大きい。

苦しめられたのでは決してなく、苦しみを与えてくれたことにむしろ感謝なのです。

この先もっと大きな試練が待ち受けていたとしても、今回の経験を乗り越えた自分が支えになってくれるはずです。

まだいける

ルール上の終わりが来ようとも、限界っぽいラインが見えようとも、自分が終わらせない限りまだ終わりではない、ということも学びました。

制度やルールは「活用するもの」であって、縛られるべきものではないようです。

というわけで、まだやります。

向こうから降ってくるのではなくて、自分からそれに向かっていけば、実は何も怖くないのですから。